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BRYANと一緒にロードトリップに

  • 2009年11月号 - さようなら、Bryan

    読者の人たちの中にはBryanに何が起こったのかと思っているかもしれません。Bryanはカリフォルニア州を出発し、オレゴン州とワシントン州へ向かって北上し、その後アメリカを横断して進み、東海岸へ行く途中にテキサス州とルイジアナ州を通過しているところでした。Bryanから完全に消息が途絶える前に、最後のアップデートがあったのは、アッシュビル(ノースカロライナ州)からでした。

    実は、Bryanはニューヨークに住む数人の友人を訪ねるために、アッシュビルから北へ運転して行く途中、不運な怪我をしました。どうゆうものなのかBryanはかなりひどく足を怪我しました。この怪我は彼の冒険旅行を延期せざるえなくなるほど重傷なものでした。Bryanは治療と手術をするために、飛行機で西海岸の家へ戻りました。 

    先月、Bryanと連絡を取ったところ、嬉しいことに彼の足は順調に回復していることをご報告できます。Bryanは全国的な旅行を続け、彼のブログを再開したいと思っていますが、それがいつできるかは未定です。

    Bryanの今後ますますのご活躍をお祈りします!旅行体験をシェアしてくれありがとうございました!

    Bryanの旅行記は英語でご覧頂くことがきます

     

     

    原作筆者: Mike Leco

     

     訳: Yoko Sugiyama
     
  • 37日目: ヘルズキャニオン(オレゴン州)

    前夜から引き続き、翌朝は雲がなく晴れていました。ジョセフの北部地域は太陽に照らされて美しかったです。

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    ヘルズキャニオン国立公園の周囲を西、南、東へと長い回り道をする旅行に出発します。私はハーフウェイ(オレゴン州)を通過しました。この町の名前は、パインとコーヌコピアのコミュニティーの中間地点にあることからつきました。1990年代後半に、ハーフウェイは町の名前をハーフ・ドットコム(Half.com(オレゴン州)に変更するために、Half.com社と契約を結びました。すぐに、この契約は取消され、今日、町の名前は再びハーフウェイとして知られています。

    終に、ヘルズキャニオンの南端部に到着しました。約15マイル国立公園に入った所にある、キャニオンを見下ろせる場所に向かって運転しました。約8マイル進んだ後、道路は雪と氷で覆われた薄暗い森に入り込みました。通り抜けられません。夕暮れになってきたので、森林サービス道路の脇にキャンプできる場所を見つけました。しばらくの間、黒い尻尾の鹿がいて、私がキャンプする場所を作っているのを見ていました。その鹿は私が何をしているか見当がつかず、頭を横に傾げて私を見ていました。鹿は何かを探すために茂みに行き、そしてまた私をチェックするために戻ってくることもできたでしょう。まるで犬と一緒にいるようでした。

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    Justinを慎重に見ていたので、火を起す技が上達しました。今回は今までで最も良い物でした。これが私の材料一式です。

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    丸木の上の非常に重要な防水布に気づいて下さい。この方法ではパンツが濡れて来ません。また、キャンプファイヤーで料理するのはとても難しいことに気づきました。簡単なシングルバーナーストーブは安く、信頼できて、使いやすいです。

    :Yoko Sugiyama

     
  • 36日目: ワラウア湖(オレゴン州)

    木曜日の朝、とても早くに目が覚めました。車内は眠るにはあまり快適ではありませんでした。川を渡り、クラークストン(ワシントン州)のお土産店の裏側にあるカフェで朝食をとりました。朝食は安く、量がたっぷりあり、人々は親切でした。ウエイトレスにヘルズキャニオン国立公園を目指して南に向かっていると話すと、ジョセフ(オレゴン州)近くのワラウア湖を勧めてくれました。旅行途中、パルースを通りました。パルースはワシントン州東部、アイダホ州西部、そしてオレゴン州北部の小さく滑らかな丘がどこまでも続く地域です。この土地は小麦農場が盛んです。道路からの眺めは数マイルにおよび同じ物です。

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    南に向かって車を運転して行くと、周囲が終わることのない小麦畑に囲まれて、低地に広がるパルースの単調な風景になりました。

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    途中、停車することなく、ジョセフ(オレゴン州)まで南に向かって運転しました。この町の名前は、19世紀後半に自分達の土地から部族を遠く離れた小さな居留地へ移住を迫られ、合衆国軍に平和的抵抗したアメリカ先住民ネ・ペルセ族のチーフ・ジョセフからつけられました。彼の部族の多くは、この権利侵害に対して戦線を布告したいと思いましたが、チーフ・ジョセフは平和を勧告しました。終に、小さなこぜりあいがあり、戦争が始まりました。彼の部族は合衆国軍の追撃でカナダに逃げました。ネ・ペルセ族は十分な毛布または食べ物がなく、多くの人々が餓死しました。カナダ国境から40マイルのところで、チーフ・ジョセフの報復した際の有名な言葉があります「私は疲れた。私の心はつらく悲しい。今太陽があるところから先は金輪際戦わない」

    ネ・ペルセ族のチーフ・ジョセフの部族は、オレゴン州東部のワラウア湖地域に住んでいました。冬期間中、部族の人たちは寒さを逃れるために丘と高原からこの谷に移動します。現在、この谷はチーフ・ジョセフ・キャニオンと呼ばれています。

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    さらにジョセフへの道路に沿って行くと、温度が下がり、空は曇り、霧が出てきました。空を見上げると、とても高く浮かぶ変な形をした雲を見つけました。そして、空を再度見ました、それらはワラウア山脈の山頂にある雪だまりでした。

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    ジョセフで何が起きるか見当がつきませんでした。ジョセフは「ウエスタンをテーマにした」町でした。主に興味を引く物は、スタボーン・ムル・サルーン&ステーキハウス、ケトル・カントリー・キルト、アウトロー・レストラン&サルーン、アイロン・ハウス・マーカンタイルのような名前を連想させる、レンガまたは丸太小屋でできたお店の前面です。全てがとても良く、人々は親切です。私は本物のネ・ペルセ族の歴史を探しているのに、何も見つけませんでした。歴史を探す場所は、現在ネ・ペルセ族のチーフ・ジョセフの部族が住んでいる、ここから300マイル離れたワシントン州東部のコルヴィル・インディアン居留地だと思いました。

     

    ジョセフの町を通過してイマンハ高速道路に沿って東に向かい、そしてワラウア山脈道路を南へヘルズキャニオン国立公園に向かいました。雨が土砂降りになり、霧がまた出てきました。数マイル進んだ後、道路標識が下の写真のようになってきました。

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    地図を見るために停車すると、1台のトラックが私の車の隣に停車しました。トラックの運転手は私が助けを必要としているかどうか確認しました。私はヘルズキャニオンへはどこを行くべきか聞くと、トラックの運転手は私の車を見て笑いました。「少なくともあと1ヶ月はこの道を通ることができないでしょう」と、彼は言いました。

    ヘルズキャニオン国立公園を通過しながら、ヘルズキャニオンで数日キャンプをして、ヘルズキャニオン国立公園南部側に出て、ボイジー(アイダホ州)まで旅行を続ける計画を立てていました。しかし、今、来た道を逆戻りして、州間高速道路84号線まで西に戻らなくてはならなく、そしてヘルズキャニオン南端部へと東に向かう必要がありました。約200マイル(330 km)私の計画より離れている、または5時間半のドライブです。 

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    朝食を食べたレストランのウエイトレスのアドバイスに従い、ジョセフの真南にあるワラウア湖でキャンプをすることに決めました。ここでキャンプをして良かったと思いました。ネ・ペルセ族がなぜこの地を去ることを拒否したか理解することができます。

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    ワラウア湖はとてもすばらしかったです。また晴れてきました。テントを張っていた時は小雨が降っていましたが、すぐに雨はやみ、晴れてきました。

    これだけがワラウア湖に滞在した理由ではありません。天気予報では寒く雨が降るとあり、キャンプ場にはたくさんのRVがありましたが、他に1つだけテントがありました。他のテントでキャンプをしている人たちのキャンプファイヤーが暖かく見え、私は声を掛けに行きました。MikeMarkは兄弟で、彼らはモスコー市にあるアイダホ大学をちょうど卒業したMarkの娘を迎えに行くために、オレゴン州内を旅行していました。MikeMarkはオハイオ州の小さな町出身で、彼らは幼い時旅行しながら国内を回る曲芸家族の一員でした。高校生になった時には、「曲芸」をしながら全49のロウアーステート(アラスカ以外)を旅行しました。彼らは頻繁にテレビに映り、当時彼らはとても良く知られていました。そして高校卒業後、Mikeは曲芸を終え、西海岸を見たいと思いました。彼は1人で旅行に出かけました(私の旅行と逆方向に)。最終的にユージーン(オレゴン州)に落ち着く前に、アメリカ西海岸の至る所を旅行しました。やがて、彼の兄弟と両親たちがやって来ました。現在、彼の全ての家族がユージーン地域に住んでいます。

    だんだん暗くなって来ました。近くのエンタープライズ(オレゴン州)の町まで夕食に行くことを計画しました。私はMikeMarkにそのことを話しましたが、彼らは私を行かしてくれませんでした。彼らは私に夕食を作りたいと強くおしました。そして、リブアイステーキ、ジャガイモ、ズッキーニ、セロリー(お母さん、見て下さい。野菜を食べています!)、チップス、ビールを頂き、すばらしい人たちとの交流でした。MikeMarkは本当にアウトドアが好きで、人生にある意味深い敬意を持っている、とても興味深い人たちです。彼らからたくさんのことを考えさせられました。 

    :Yoko Sugiyama
  • 35日目: ルイストン(アイダホ州)

    水曜日の夕方早くにスポケーンを出発しました。日はすでに沈んでいました。Justinと楽しい時を過ごしましたが、出発する時が来ました。1つの場所を出発する時が分かるようになりました。いつものように遅いスタートで、高速道路195号線を南に向かいました。どうして具合が悪いか分かりませんでしたが、すぐにとても疲れました。100マイル(約170 km)くらい進んだ所で、ルイストン(アイダホ州)とクラークストン(オレゴン州)の2つの町を見下ろす丘に着きました。これらの町は有名な探検家のメリウェザー・ルイスとウィリアム・クラークから名前がつけられ、オレゴン州とワシントン州(さらに南はオレゴン州とアイダホ州間)を分けるスネーク川が囲みます。とてもよい場所なので1泊することに決めました。

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    向かって左側がルイストン、右側がクラークストンです。

    静かな水曜日の夜で、町のほとんどのレストランが営業しておらず、バーはかなり空いていました。結局、ウォルマートの駐車場に車を停めて、車内で1晩過ごしました。

     

     

    *旅行ヒント*ウォルマートはアメリカ最大規模のデパートチェーンです。ウォルマートは衣料品から食料品、キャンプ用品、スポーツ用品、肥料まで、全てを取り扱っています。ウォルマートはアメリカ国内に4,000店舗以上のがあります(さらに海外に3,000店舗あります)。ウォルマートは駐車場で旅行者が滞在することを快く許可しています。RV、キャンプをする人たち、セミトラックなど、誰でも歓迎しています。寝る場所が必要な場合、ウォルマートの駐車場は良い代替案です。無料で安全です。そして、朝、お店のトイレを使用することができます。

    :Yoko Sugiyama
  • 33日目: 旅行再開

    昨晩、父が電話して来ました。どうやら私が車と交換しようと待っているバンは完全に廃車になったらしいです。破損を修理する金額はバンの車体価格よりとても高くなることを意味しています。バンと交換しないことにしたので、ワシントン州にこれ以上居る必要はありません。私は夕食を食べずに自分の部屋に入れられたのに窓から脱出し、自由になったのにまだお腹がすいている子供のように感じました。たぶんオートディーラーで私の車を売ることができたけれども、自分の車で旅行を継続することができると思いました。

    私は旅行に行くことを切望していて、計画より早くスポケーンを出発します。今日、出発します。私はスポケーンとボイス(アイダホ州)間の小さな町々や森林地帯を通り南へ向かいます。ヘルズキャニオン国立公園をだいたい目指していますが、今日はそこまでたどり着けないと思います。

    :Yoko Sugiyama
  • 32日目: スポケーン

    (最新情報:私がスポケーンについて書いたことに関して意見を異にする、数件のメールを受け取りました。スポケーンの地域を私よりずっと良く知っている人たちからのものです。彼らはスポケーンの活気に満ちた文化、自然美がどこにでもあり、心が温かく、フレンドリーで、親切な人々、そして躍進中の都市の面白さを指摘します。私は見た物に関して書くだけで、特にその場所を良く理解していない際、私自身が判断する場ではないことを学びました。私はスポケーンに謝る必要があります。スポケーンのみなさんごめんなさい。) 

     

    スポケーンは通過したことはあるけれども、多くの時間を費やしたことがない、もう1つの場所です。スポケーンはシアトルとタコマに挟まれたワシントン州第二の都市です。スポケーンはアイダホ州との州堺近くのワシントン州東部に位置しています。

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    とにかく、私はスポケーンで時間を過ごしました。この都市はポートランドのようにたくさんの歴史があり、美しいリバーフロントに建っています。あるタイプのユニークな文化を暗示する、いくつかの興味深い地元ビジネスがあります。人々はフレンドリーです。そして、これでスポケーンに関して私が言うべきことは終わりです。

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    衰えるダウンタウン地区に直面したスポケーンは、1974年国際環境博覧会の準備中にリバーフロントに巨大モールを建設しました。スポケーンは多くの全国チェーン小売店の開店を誘致しました。このモールは短期間にダウンタウンにより多くの交通量をもたらしました。その後1990年代に、再びこの地域の経済が衰えました。スポケーンはこのモールを再建拡大し、立体駐車場を建設し、誘惑するような装飾な全国的であり国際的なチェーンを建設しました。今日、このモールはスポケーン フォールズ近くに位置し、スポケーンのダウンタウンを見渡します。このモールは交通渋滞を変化させ、駐車場問題を作ります。モールは地元ビジネスとの競争の優位に立ちます。モールはスポケーンの注目する物です。ここから全方向に道路が放射状に走り、運転する人の注目を得るために、道路上に目立つおなじみの企業ロゴのある一般的な「ミニモール」で何区画にもおよび埋まっています。また、ここは場所に似合わず、突然、温かくフレンドリーです。ある理由からスポケーンの人たちはここをスポケーンのコンプトンと呼びます(悪名高く暴力的で卑劣なロサンゼルスのスラム街のコンプトンです)。かなり良くない地域がたくさんあります。スポケーンは「再活性化された」ダウンタウンを持つことができるでしょうが、アメリカ大企業が入り町の個性がなくなります。

    :Yoko Sugiyama

     

  • 31日目: プリースト湖(アイダホ州)

    木曜日の夜、スポケーンに住む親友Justinの家に到着しました。金曜日の午後、私たちはアイダホ州北部のプリースト湖へ週末キャンプをするために運転して行きました。プリースト湖はアイダホ州北部端にある全長19マイル(31 km)の大きな湖です。

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    Justinと私は幼な友達です。彼は私が知っている中で最もアウトドア好きな人です。彼はイーグル・スカウトであり、熱心なロッククライマーであり、登山家であり、そしてバックパッカーでもあります。NOLS(野外リーダシップ)野外冒険トレーニングを終了し、楽しみのために1人で山々を登山しています。彼は30日間のNOLS登山旅行日記を彼のサイトに掲載しています。これはとてもすばらしいです。彼はスポケーンにあるゴンザガ大学でエンジニアリングを勉強しています。

    私たちは湖の北部端にある森林サービス道路で良いキャンプ場を見つけました。天気予報では週末は寒く雨が降るとありました。私たちのキャンプ場の地面には雪が積っていて、全てがびしょ濡れでした。雨が降ったり止んだりして火をおこすことがとても難しかったです。


     

    土曜日は天気がずっと良く、湖まで運転しました。捨てられた蒸気船を岸近くで見つけました。

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    最近、Justinホワイトウォーターカヤックを購入したので、そのカイヤックを漕ぎに行きました。私は小さな丘に登り、本を少し読みました。

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    彼が戻った時、私は彼のカイヤックを試し乗りしましたが、私にはカイヤックが少し小さすぎました。

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    その後、私たちは伐採搬出道路を運転して行くことに決め、私たちのキャンプ場を通り過ぎ、この道がどこへ通じるのか見ることにしました。このトレイルにはたくさんの雪と氷がありましたが、数個の小さなものをどかした後は、彼のトラックは大丈夫でした。

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    私たちが高い場所に行くにつれて、天気が良くなりました。太陽で険しい崖表面の雪が融けてきらりと光っていました。

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    私たちはシロイワヤギが花崗岩の上で草を食べているのを見ました。

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    すぐに、道路は雪で覆われ、私たちの乗ったトラックはこれ以上先に進めませんでした。私たちはトラックを道路に駐車して、ハイキングをしました。とても興味深い場所なのでもっと先を見ることにしました。川に沿ってハイキングをしました。雪がとても深かったです。たくさんの足跡が所々にありました。唯一の他の足跡はヘラジカでした。雪が降って以来、誰もこのトレイルをハイキングしていませんでした。

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    薄暗くなり始めるまで、雪だまりと川の支流を通り数マイルまた進みました。プリースト湖は「ベアカントリー」として知られています。ハイイログマとクログマが至る所にいます。整備された(有料)キャンプ場にはクマ用の罠があります。私たちはクマ用スプレーを持っていたので、それほど心配していませんでした。しかし、夜にハイキングしないことがベストです。

    日曜日に、私たちは早く起きて朝食を作りました。私の新しいコーヒーバーコーレーターを試してみました。コーヒーバーコーレーターの1つの部品が足りなかったので、間に合わせて作る必要がありました。

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    幸いにも、Justinは料理が得意で、ブレックファーストブリトーを作ってくれました。美味しかったです。

    この日、私たちはキャンプ場で過ごしました。のんびりとした日でした。私たちは歌を作曲しました。もう少ししたらビデオをアップします。

    :Yoko Sugiyama
  • 27、28日目: パシフィックノースウエストを出発--> スポケーン(ワシントン州)

    火曜日と水曜日に、祖父を訪ねてアバディーン(ワシントン州)へ行きました。アバディーンを今まであまり見たことがありませんでした。両親がここで育ったことを考えると、これは妙なことです。祖父がアバディーンを案内してくれ、そして母が大学時代ウエイトレスとして働いていたレストランへ夕食を食べに行きました。

    アバディーンの話はある町が衰退してゆく話しです。アバディーンは密集した古い成長森林によって取り囲まれた、古い伐採搬出の町でした。現在はこれらの森林は伐採してなくなり、新たに植えられた木々は伐採するには十分に成長していません。木工場は閉鎖され、たくさんの人たちが失業しました。国内最大規模のバイオディーゼル工場が高く静かに建ち、市場判断を誤り新しい産業が軌道に乗らず、開設後まもなく閉鎖されました。

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    木曜日、ワシントン州東部へ向かってパシフィックノースウエストを出発しました。カスケード山脈を通過しながら、車の窓から数枚の良い写真を撮りました。峠には雪と氷の警告がありましたが、幸いにも道路に沿って濡れてじめじめしていただけでした。

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    峠を通過後、感じの良い湖を見つけました。この湖の名前を覚えることができませんが、これがその湖です:

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    峠東部は急に暖まり、雪が融けてなくなっていました。ワシントン州東部のほとんどが農地と砂漠です。あまり書くことがありません。高速道路が直線で平らに走り、風景が同じです。交通量はあまりありません。とても退屈なドライブです。

    終にビンテージ(ワシントン州)のコロンビア川盆地に到着しました。コロンビア川は広く、とても青い色でした。車から出ると、風が狂ったかのようにうなっていました。風に逆らって車のドアを閉めるのが難しく、前屈みになりドアを強く押す必要がありました。

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    コロンビア川盆地東部の観光地点に私は停車し、この写真の女性が写真を撮っていて、彼女は風でカメラを手から吹き飛ばされました。

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    残りのドライブはサンセット以外さして取り立てるほどのこともないものでした。

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    :Yoko Sugiyama

     
  • 26日目: シアトル

    シアトル・マリナーズのメージャーリーグゲームを観戦しました。過去数年、マリナーズは最悪な業績を残していました。マリナーズは2006年のまぐれな勝利シーズンの他は、2002年以来プレーオフ進出をしておらず、リーグ最下位のチームでした。昨年、マリナーズはチームの支払い給料総額1億ドルを超え、100ゲーム(合計162ゲーム中)以上負けた史上初のチームになりました。しかし、マリナーズは今シーズン最上位を1ヶ月間維持しています。


     

    セーフコ・フィールドは世界で最もすばらしい球場です。この球場のような建物はほとんど建設されていませんでした。1995年、シアトルは老朽化するキングドームに代わる、新しい球場建設への資金提供に反対する、心の狭い投票をしました。その後まもなく、マリナーズは13試合差を縮めてディビジョン最上位のロサンゼルス・エンゼルスに並ぶと、163ゲーム目の同点決勝試合でディビジョンタイトルを勝ち取り、注目すべきポストシーズン初進出を果しました。ディビジョナルプレイオフでエドガー・マルチネスとケン・グリフィー・ジュニア 2人による、スリルある勝利(シアトルでは「ザ・ダブル」として知られています)でニューヨーク・ヤンキースを負かしました。その秋、シアトルはマリナーズのチームに奮い立たされ、野球に愛着が戻りました。第2回目の投票が行われ、そして新球場建設のための資金提供法案が可決されました。

    とにかくポイントは、この球場がどれほど美しく、シアトルの人たちがこの野球場をどれほど誇りに思っているかシェアすることです。

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    私は試合に関して全く疲れを知りません。いったん私が野球について話し始める、または書き始めると、たいてい止まりません。Lookout Landingの要約をご覧になりたい場合、いつも良い物を掲載しています。

    今日のピッチャーはフェリックスヘルナンデスでした。彼はマリナーズの23歳のエースです。少し偏見のあるマリナーズファンの私でさえも、彼は当代の最も有能なピッチャーであると言えるでしょう。彼が19歳の時、彼のメージャーリーグ2年目の開幕戦を観戦しました。1991年以来、彼は19歳で試合に出場した最初の選手でした。彼は8回を投げ、0ラン、5ヒットを許しました。これはとても良い成績です。

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    今日はフェリックスのベストではありませんでした。彼はいつものように速球を投げていませんでした。6回で6ランを与えました。試合後、彼がインフルエンザであったことを知りました。幸運にも、打者の人たちがゲームを面白く演出しました。マリナーズのビッグスターのイチローが三塁打を放ちました。

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    マリナーズはラッセル・ブラニアンとフランクリン・グティエレスが大きなホームランを放ち、9回裏(ラストチャンス)に56となりました。2アウト、ランナー2塁でイチローが再び登場しました。もしイチローがヒットを打つと、2塁のランナーがホームインし、同点になります。みなが大声を上げていました。マスコットのマリナー・ムースが跳び回っていました。

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    そして、イチローはフライを打ち上げてアウトになりました。みなががっかりしました。全てを勝ち取ることができるわけではありません。それでも私はイチローが大好きです。

    :Yoko Sugiyama
  • 最初の4週間のレビュー

    現在、私が計画している旅行期間の1/4にあたる 4週間を旅行しました。この旅行を開始した時、私はぼんやりとした目標に向かって、一般的な進路へたんに運転しているだけで、何をしているか本当のところ知りませんでした。私はキャンプを何度かし、友達の家に何度か滞在し、自然に関わることをし、街の中ですることをして、そして家族や友達に会い、自分だけで旅行していると分かりました。全てのことを少しずつして、西海岸と私の知っているほとんど全ての人たちから離れると、残りの旅行がどんなものか分かりました。私は2つのことを学びました。

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    1つのことは、自発的に旅行している場合、キャンプはとても苦痛です。毎朝、その日の終わりにどこにいるか計画し、そしてその近辺でキャンプ場のある場所を探す必要があります。予定地近辺にキャンプ場がない場合、ルートを変更する必要があります。さらに、これらのキャンプ場を探す必要があり、キャンプ場が良い施設か、営業しているか、お手頃料金か、今夜空きがあるかどうかを調べる必要があります。通常、キャンプ場のスタッフがいるかどうか分からないほど、連絡を取るのがとても難しいです。いったん適切なキャンプ場を見つけると、キャンプ場をよく見るため、そしてテントを張るために、日暮れ前にそのキャンプ場に到着する必要があります。一般的に、キャンプ場は遠い場所にあり、いったんテントを張るとキャンプ場を離れるのが不便です。また、通常静かにする時間およびテントでキャンプしている人たちへの配慮があります。夕暮れ後、キャンプ場に滞在しなくてはいけません。夜、この地域を探索することができる、または地元の人たちと話ができるかもしれないのに、あなたはキャンプ場に座って豆の缶を温めているだけです。もしキャンプファイヤー用の薪を購入できるなら。これは私の次のポイントです。

    キャンプは高いです。10平方フィートの土がこんなに高いとは全く知りませんでした。西海岸に沿って、料金1泊$20は基本的キャンプ場の良い相場です。1人で旅行している際、この料金は高いです。ほとんど木を拾い集めることが許されておらず、キャンプ場のスタッフが1束約$10の薪を喜んで売ってくれます。

    車で隠れてこっそりするキャンプ(旅行2日目をご覧下さい)はとても難しいです。一般的に隠れてこっそりするキャンプは、幹線道路近くのほとんどの場所で違法です。車無しで旅行している場合、少しの距離歩いて森へ入り、テントを張ることは簡単です。しかし、貴重品をたくさん積んだ車は、絶え間ない不安材料です。これは赤ちゃんみたいなものです。夜、人通りの少ない高速道路に1人で置いておくことはできません。

    従って、車をバンと交換することに決めました。車中で寝ることができる物に。幸いにも、私の弟がバンを持っていて、彼が快くバンと車を交換してくれました。ただ1つの難点は、1週間半前に彼はそのバンを衝突させました。ワシントン州西部を出発する前に、バンが修理されることを待っていました。家族や友人と会うことは良いことですが、出発することをとても願っています。私は休暇中のような感じがします。私はアドベンチャーを望んでいます。

    2つ目のことは、言葉にして表すことは難しいということを少し学びました。この旅行を開始した時、私はアドベンチャーに行きたく、私の観点を変えたく、物を書く時間が欲しく、そしてアメリカ国内のいろいろな人たちを見たいと思っていました。西海岸の大都市の人々と文化はとても似ています。西海岸、南部、中西部、東海岸などでは大きな違いがあると思います。しかしながら、アメリカ国内の全大都市のマスメディア、広告、住民の移動率が私の探している違いをなくしていると思います。私の理論は、アメリカが保持する地域の独自性をもっと持つ、小さな町を追っています。私はもっと多くの小さな町を目指して向かいます。

    これが現況です。最初の4週間は一気に過ぎました。これからの数ヶ月はより一層良い物になることでしょう。

    :Yoko Sugiyama
  • 24-25日目: ベイリンハム、ケント、シアトル、オリンピア(ワシントン州)

    ベイリンハムを出発し、シアトルへと南に向かいました。バラード(ワシントン州)でUSAtourist MichelleRonnieに会いました。彼らはとても気さくな人たちで、2500枚の名刺と「Bryan was hereBryanはここに来ました)」と書かれたインクスタンプを含む、箱いっぱいの供給品をくれました。実際、彼らは私に破壊行為をするよう助長しています。そして、私のことをよく知っている人なら、私が助けを借りることなく破壊行為をすることを知っています。国内各地を旅行中にスタンプを押して名刺の道を残して行きます。すごいことです!

    ランチ後、時間を過ごすためにフリーモント(ワシントン州)へ行きました。フリーモントはシアトル北部のとても上品な芸術的コミュニティーです。良いカフェ、本屋、アートギャラリー、レストラン、バーがたくさんあります。フリーモントはユニオン湖のサーモンベイに隣接しています。

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    その後、叔父のDonに会うためにケント(ワシントン州)へ運転して行きました。彼はクールな人です。叔父と食事に出かけ、私のキャンピング技術を知った後に、彼は「Camping for Dummies」の本をくれました。叔父が私に微妙なメッセージを伝えようとしていることを感じました...叔父さんありがとう!

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    翌朝、レインコートを両親の家に忘れたので、オリンピアまで引き返しました。いくつかの計画が急に連続して中止になったため、最終的にこの日の夜はオリンピアに滞在し、さらに次の日、そしてその夜も滞在しました。私は後戻りすることを好みません。これにはいら立ちました。バンの修理を待たずにもう少しで出発しようと思いましたが、頭を冷やすことに専念しました。その後で、犬や両親と一緒にとても楽しい時間を過ごしました。

    :Yoko Sugiyama
  • 23日目: ベイリンハム(ワシントン州)

    あるタイプのアウトドアアドベンチャーにパーフェクトなベイリンハムの美しく晴れた日でした。掃除したばかりの私の車は日にあたり特にきれいに見えました。

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    今、車中にどれだけのスペースがあるか見て下さい!

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    いろいろと聞いて回り、どうやらベイリンハムの最も良いハイキングはオイスタードームとか何とか呼ばれていました。あいにく、オイスタードームは人里離れた標示のないトレイルヘッドです。そして、だれもが違う道順を教えてくれました。私は何とかこのトレイルを見つけました。

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    このトレイルは急勾配な丘が折り返し道を通り抜け、丘を登るとすぐに私はコースト・ハイウェイより高い森林の中にいました。

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    このトレイルはあまり標示されてなく、進んで行くのがとても難しかったです。これは楽しみの一部だと思います。


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    数マイルしっかりハイキングしました。トレイルにはあまり多くの他の人たちを見かけず、一歩、一歩ただしっかり進むには良く、額に汗を流しました。終に山頂にたどり着き、ピュージェット・サウンド、サンファン島、スカジット川バレーなどのすばらしい眺がきれいでした。この高い山頂から、風が波を大きな渦巻きの中へ押しているのを見ることができました。太陽が水面でキラッと光り、タカが気流に沿って遠く下を惰性飛行していました。 

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    これらの眺めは冗談抜きでとてもすばらしいです。その後、下って戻りました。もう2つ少しの回り道をしました。どちらも故意であり偶然でした。このトレイルはあまり標示されてないことを言いましたっけ?頂上でトレイルの分かれ道を左に行きなさいと教えてくれた男性にトレイルの途中で会いました。彼が言っていた左へ行くトレイルの分かれ道をまったく見ませんでしたが、数時間後にこの分かれ道を見逃したことに私は気づきました。私はトレイルを引き返し始め、結局分かれ道を見つけました。しかし、これが正しいトレイルの分かれ道かどうか確信していませんでした。私はこの分かれ道を進み、1マイル進んだ後にトレイルは最終的に砂利道になりました。そしてこの砂利道を歩いて行きました。この砂利道はとても長く、最後にはビーチと平行して走っていました。急な崖の遠く下に高速道路を見ることができましたが、私は自分の車を通り過ごしたくなかったので、崖を下って行くことに決めました。私は濡れた葉、コケ、泥の上を滑りながら崖をほぼ下り降りました。全てが不安定で、岩の表面でさえも堆積物とぬるぬるした物でどろとしていました。そして(もちろん)私がつかまっていた木の枝が折れ、15フィート下の崖底腹ばいの姿勢で落ちました。(最初に)空中で頭の中にいろいろな思いが過ぎり、「(次に)あー***、健康保険に加入していない」、(その次に)「誰が私を見つけてくれるのだろうか?」。ラッキーにも無造作に置かれた岩はなく、崖底はその他の崖の部分と同じように柔らかかったです。自分の車を見つけた時には日が傾き始めていました。水を見下ろす橋を渡り、たくさんのすてきな物を見ました。

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    5時間十分に費やしました。 次の日、私の腿は疲れきっていました。

    :Yoko Sugiyama
  • Bryanを探せ? #2

    Bryanを探せ?

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    規定およびその他のこと

    英語バージョンに正解を最初に回答した登録者の方がUSAtouristロゴ入りTシャツを受賞します!

    お忘れなく:登録メンバーの方が当写真を撮影した都市に住んでいる、または以前住んだことがある場合でさえも、回答することはできません。申し訳ありません。次回のチャンスをお楽しみに。

    当賞品は請求されました。

    回答:オリンピア(ワシントン州)の「ザ・キス」像です。

    訳:Yoko Sugiyama
  • 22日目: オリンピア--> ベイリンハム(ワシントン州)

    私の2人の兄弟BrettGeoffは、ベイリンハム(ワシントン州)にあるウェスタン・ワシントン大学に通っています。偶然にもベイリンハムは「ワシントン州のアウトドアの中心地」です。昨日はBrett22歳の誕生日でした。否応なしのプレッシャーに従い、私はベイリンハムへ運転して行きました。

    しかし、1年以上洗車したことのない私の車を洗車して、掃除機をかけました。全く違う車のように見えます。また、より身軽に旅行しようと決心しました。洗ってある下着を出すために、多数の要らない物を取り出し、車の隣に大きな物の山を作り、そして下着を取り出した後、再度これらを詰めなおす必要があるのは、とても不便なことです。最終的に、私は薄汚れた同じ下着を長い間着ました。さらに、ただこれは誰にとっても良いことではありません。

    私は両親の家に約2/3の私物を残してきました。今、車線を変更する際、他の車が来るのを見ることさえできます。

    ランチのためにオリンピアのダウンタウンへ最後にもう1度行きました。独立経営書店でこの小さな看板を見つけました。これは「オリンピアの雰囲気」を非常によく説明していると思います。

     

     

     

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    結局、ベイリンハムへ少し遅くに出発し、夕方6:30pmごろ到着しました。Brettは私が今まで見た中で最もすばらしいパーティーハウスに、他に4人の人たちと住んでいます。とてもすごいです。とてもすばらしいので、チャンスがある時に写真を撮ります。私が到着した時、土曜日にあったBrettの誕生日パーティーのビール瓶があちらこちらに転がっていました。

    ダウンタウンへ食事に出かけ、そして数杯飲みました。いまだに誰もが土曜日のパーティーの二日酔いで、本調子ではありませんでした。そして、Brettは翌朝8時にクラスがあるので、少しスローな夜でした。

    これは誕生日プレゼントのラップトップコンピューターに接続する古いモニターの横にいるBrettです。彼はラップトップを下の階に落とし、スクリーンを壊してしまいました。やれやれです。

     

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     訳:Yoko Sugiyama
  • 20-21日目: オリンピア(再び)!

    日曜日の母のコンサートを見たかったので、オリンピアに予定より数日長く滞在しました。母はオリンピア・シンフォニーオーケストラで第一ヴァイオリン奏者です。彼女はとても上手です。

    土曜日に私は市内をぶらつき、書き物を少ししました。この日は年次ダウンタウン・アートウォーク・フェスティバルの2日目でした。午後遅くに、動物行列が予定されていました。認識を高めるために、たくさんの人たちが絶滅寸前の動物の格好をして通りをパレードします。これは面白いイベンドで、とても楽しみにしていました。水際に沿ってボードウォークを歩いて下って行きました。オリンピアはピュージェット湾の最南端にあります。数枚の写真を撮り、カメラから砂が出たことに気づきました!まだ、カメラを動かすと砂のきしむ音がしますが、今はズームすることができます。

     

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    オリンピアはかっこいい町です。若者、ヒッピーの人たち、芸術家風の人たちなどが住む、とても小さな町です(人口約50,000)。独立的な考えとビジネスが多数あります。人々は親切です。ダウンタウンは面白いです。

     

    たくさんの人々が定住していて、高校の同級生に偶然出会います。どのブロックにも私の知っている誰かがいました。すべての会話はこんな感じでした:

    “ハイ”

    “ハイ!”

    ...

    “この6年間どうしていましたか?”

    “順調です。あなたは?”

    “順調です。”

    ...

    “それでは、気をつけて。”

    “さようなら!”

    このような会話を約10回した後、動物行列を省略することに決めました。オリンピアは良い町ですが、とても小さな町です。私は家に帰りました。隣に住むMrs. Zunnikahの家に遊びに行きました。彼女は不在でしたが、彼女の家のスカイライト周辺を大きなスズメバチが飛んでいました。ミツバチのフレンドリーに飛び回る音ではなく、羽が不気味で低く重々しい音を鳴らすスズメバチのようでした。なぜだか分かりませんが、iphoneで写真を撮るのが一番良いと思いました。スズメバチは飛び回り続け、良い写真を撮ることができませんでした。このスズメバチが私に気づき、私の肩の方へ真下に突進して来た時まで、私は良い瞬間を待ちながら両腕を上に挙げて下に立っていました。スズメバチは大きな重々しい音を鳴らして、通りの向こうまで私を追いかけて来て、そして家の後ろまで追いかけて来ました。とても怖かったです。

     

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    次の日はコンサートでした。シンフォニーはワシントンセンターのコンサートホールで演奏し、満席でした。コンサートは「メイド・イン・ザ・U.S.A.」と呼ばれていました。

     

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    私の母は第二列目の第一ヴァイオリンです。これが彼女です!

     

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    彼らは若い作曲家ジョン・フィリップ・スーザとアンバー・グダイティスのほんとうに素晴らしい数曲を演奏しました。そしてとても優れたソロクラリネット奏者により、アーロン・コープランドのクラリネット協奏曲を演奏しました。幕あいに母と会い、バックステージツアーをしてもらいました。私はグルーピーのように感じました。

     

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    この写真は左側が私の父で、長年の友人Tom LindenVIPステータスを楽しんでいます。

    幕あいの後、ドヴォルザーク交響曲「新世界より」を演奏しました。私はこの曲を数回聴いたことがあり、高校でも演奏されていました。しかし、私はこの曲をこのようには聴いたことがありませんでした。だた本当にとてもすばらしかったです。とても強烈でした。そして、他の最高形容詞で表せます。それは言葉で説明するのが難しいです。私は音楽評論家でなくて良かったと思いました。本当にすばらしかったです。

    訳:Yoko Sugiyama
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